高松高等裁判所 昭和33年(ム)1号 判決 1960年2月29日
再審原告 安田光二
再審被告 徳島県
再審被告補助参加人 国
訴訟代理人 大坪憲三 外二名
主文
本件再審の訴を却下する。
再審訴訟費用は再審原告の負担とする。
事実
再審原告は、高松高等裁判所が昭和三二年一二月一四日同庁昭和三二年(ネ)第二六一号傷害賠償金請求控訴事件につき言渡した判決を取消す。再審被告は再審原告に対し金五六四、五〇〇円及びこれに対する昭和三二年七月三一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二、三審及び再審を通じ再審被告の負担とする。との判決を求め、再審の事由として次のとおり述べた。
(一) 再審原告は、再審被告に対し損害賠償金五六四、五〇〇円の支払を求める訴を徳島地方裁判所に提起し、(同裁判所昭和三〇年(ワ)第八五号事件)同裁判所において審理の結果再審原告敗訴の判決言渡があり、これに対し再審原告から高松高等裁判所に控訴し、(同裁判所昭和三二年(ネ)第二六一号事件)同裁判所において審理の結果昭和三二年一二月一四日控訴棄却の判決言渡があつたので、再審原告は更に最高裁判所に上告したところ昭和三三年七月三日上告棄却の判決言渡があり、ここに前記判決は確定した。
(二) しかるところ、右の第一、二審の判決の基礎となつた事実の認定には、徳島市渭北農業委員会会長長野定治の作成した徳島県知事宛、「農地調整法第九条第三項の規定に依る許可申請に対する意見書」なる文書(右事件の乙第三号証の二)が証拠として用いられたものであり、右長野定治は該文書の作成に関し虚偽有印公文書作成同行使被疑事件の被疑者として検察庁の取調をうけた結果不起訴処分となつたが、これに対する再審原告の審査申立に基き徳島検察審査会は審査の結果、起訴猶予を妥当と認めるとの理由により結局「検察官が為した不起訴処分は相当である」旨の議決をなし、昭和三三年八月二日再審原告はその旨の通知を同審査会より受領した。
(三) すなわち前記文書(乙第三号証の二)は内容が虚偽の公交書であつたのである。而してその作成者である長野定治は虚偽公文書の作成につき有罪の確定判決をうけてはいないけれども前段摘示の如き事情にある以上、民事訴訟法第四二〇条第二項の「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」というのに該当するところ、再審原告は検察審査会から前記通知によつて右事実を知つた。よつて本件再審の訴に及ぶ。
再審被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、本件再審の訴は、民事訴訟法第四二〇条第二項所定の有罪の確定判決を得ていないから、その要件を欠ぎ不適法である。と述べた。
証拠<省略>
理由
再審原告主張の(一)(二)の事実は、再審被告において明に争わないから民事訴訟法第一四〇条に則りこれを自白したものと看做すべきである。
ところで、再審原告主張の公文書(乙第三号証の二)の作成者である長野定治は該文書の作成に関して虚偽有印公文書作成同行使被疑事件の被疑者として検察官の取調をうけた結果不起訴処分となつたわけであるが、成立に争いのない再甲第七号証、再乙第一号証によれば、検察官は、右長野を該文書作成の補助者であつた竹本恒一と共に、犯罪の嫌疑がないとの理由で昭和三二年一二月二七日不起訴処分に付したものであり、起訴猶予を妥当と認めるとの理由による検察審査会の議決に対しても検察庁としてはその後別段の措置はとつていないことを認めることができる。してみると検察官は証拠欠缺の理由により不起訴処分をなしたこと明らかであるから本件は民事訴訟法第四二〇条第二項にいう「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」に該当しないものと解するのが相当である。尤も、検察審査会は起訴猶予相当換言すれば犯罪の証拠はあるが諸般の事情を考慮して起訴しないのが相当と認定していることは明らかであつて検察官の認定と異るわけであるが、わが刑事訴訟法が起訴の権限を検察官に専属せしめていること及び検察官審査会の議決は検察官を拘束する力を有するものでないこと(刑事訴訟法第二四七条、第二四八条、検察審査会法第四一条)等に鑑みれば、検察審査会が起訴猶予相当と認定したからといつてこの一事をもつて右判断を左右するわけにはゆかない。
しからば、本件再審の訴は、訴提起の要件を欠くから爾余の判断をなすまでもなく不適法として却下すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石丸友二郎 安芸修 荻田健治郎)